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【2025年最新】アーセナルFCの試合を視聴する方法!富安選手の活躍も見逃すな

【PR】当サイトにはアフィリエイト広告が含まれています。
【2025年最新】アーセナルFCの試合を視聴する方法!富安選手の活躍も見逃すな
  • アーセナルの試合を見たいけど、どの配信サービスが一番お得?
  • プレミアリーグ、FAカップ、チャンピオンズリーグ…どこで全部見られる?
  • できればコスパのいい方法で視聴したい!
  • アーセナルの歴史、注目選手などの特徴も知りたい!

アーセナルの試合を視聴する方法は複数あり、どれを選ぶべきか迷ってしまいますよね。特に、コストを抑えつつ快適に視聴したい人も多いはず。

私はサッカー観戦歴10年以上のスポーツファンで、多くの配信サービスを試してきました。その経験をもとに、本記事では、アーセナルの試合を視聴できるサービスの比較や、お得に契約する方法を解説します。

特におすすめなのが「U-NEXT サッカーパック」。プレミアリーグやFAカップをカバーし、基本プランとセットなら実質1,400円で視聴可能。コスパを重視するなら最適な選択肢です。

この記事を読めば、あなたにぴったりの視聴方法が見つかり、お得にアーセナルの試合を楽しめるようになります!

\ 基本プランとセットで初月1,400円/

アーセナルの視聴方法・配信サービスの完全ガイド

アーセナルが出場する「プレミアリーグ」「FAカップ」「カラバオ・カップ」「UEFAチャンピオンズリーグ」を視聴できる配信サービスには、以下の選択肢があります。

特におすすめなのが、「プレミアリーグ」や「FAカップ」を視聴できるU-NEXT「サッカーパック」です。このパックは、U-NEXTの「基本プラン」とセットで契約すると、よりお得に利用できます。

U-NEXTの基本プランでは、毎月1,200ポイントが付与されます。このポイントをサッカーパックの支払いに充てることで、通常2,600円のところを実質1,400円で視聴可能になります。

つまり、毎月実質1,400円でプレミアリーグをはじめとした独占配信のサッカーコンテンツを楽しめるということです。コストパフォーマンスを重視する方に最適なプランと言えるでしょう。

配信サービス名月額料金(税込)配信コンテンツ特 徴
U-NEXT「サッカーパック」2,600円プレミアリーグ
FAカップ
基本プランとセットで初月1,400円
DMM×DAZNホーダイ3,480円カラバオ・カップDAZN月額最安値
DAZN4,200円カラバオ・カップお得な年間プランあり
WOWOWオンデマンド2,530円チャンピオンズリーグCL/EL/ECLを全試合視聴できる
※本ページの情報は2025年1月時点のものです。最新の配信状況は各公式サイトをご覧ください。

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主要な配信サービス一覧

アーセナルが出場する「プレミアリーグ」「FAカップ」「カラバオ・カップ」「UEFAチャンピオンズリーグ」はU-NEXT「サッカーパック」DMM×DAZNホーダイDAZNWOWOWオンデマンドにて独占配信されています。

コアラ
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以降では、各サービスのお得な登録方法について解説します。

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U-NEXT「サッカーパック」

U-NEXT「サッカーパック」は、2030-31シーズンまでのプレミアリーグ全試合を独占配信しています。さらに、最も歴史が長いカップ戦「The Emirates FA Cup」も独占配信されています。

U-NEXTは国内最大級のコンテンツ数を誇る動画配信サービスであり、スポーツのほかにも映画、ドラマ、アニメなど、幅広いジャンルの作品約30万本が見放題で楽しめます。

U-NEXT/サッカーパックの料金

U-NEXT「基本プラン」とサッカーパックの料金を表にまとめました。

サービス名月額料金(税込)特徴
U-NEXT「基本プラン」2,189円32万本以上の作品が見放題/毎月1,200ポイント付与
U-NEXT「サッカーパック」2,600円充実のサッカーコンテンツ
※本ページの情報は2025年1月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。

U-NEXTとサッカーパック併用のメリット

U-NEXT「サッカーパック」と「基本プラン」を併用すると、毎月1,200円分のポイントが付与され、サッカーパックの料金支払に利用できます。そのため実質的に節約できます。

以下の計算例をご覧ください。

  • サッカーパック料金:2,600円
  • ポイント利用:1,200ポイント
  • 実質負担額:2,600円 – 1,200ポイント = 1,400円
コアラ
コアラ

U-NEXT通常プラン契約者は、このポイントを活用することで、サッカーパックを実質1,400円(税込み)で楽しむことができます。

サッカーパック単体契約も可能

U-NEXT「サッカーパック」は、通常プランに加入しなくても単体で契約可能です。「サッカーパックだけ利用したい」というユーザーにも便利なオプションとなっています。

サッカーパックの配信コンテンツ

U-NEXT「サッカーパック」視聴可能なサッカーコンテンツを以下にまとめました。これらのコンテンツは、サッカーファンにとって非常に魅力的なラインアップです。

  • 【独占】FAコミュニティ・シールド
  • 【独占】プレミアリーグ全試合
  • 【独占】FAカップ
  • ラ・リーガ全試合
  • 【独占】コパ・デル・レイ
  • 【独占】スーペル・コパ・デ・エスパーニャ

U-NEXTは31日間の無料トライアルあり

U-NEXT「基本プラン」は、新規登録者向けに31日間の無料トライアルを提供しています。ぜひ、このお得なキャンペーンを利用して、U-NEXTの無料トライアルを体験してみてください!

◆無料トライアルの特徴

  • 通常月額:2,189円(税込)が31日間無料
  • 登録時にU-NEXT内で使える600円分のポイント付与 ※(サッカーパック併用なら1,200円分)
  • 期間中に解約すれば、料金は一切発生しません

U-NEXT「サッカーパック」の登録方法

U-NEXT「サッカーパック」登録方法は、以下の2通りがあります。

  1. 基本プランとセットで加入する方法
  2. サッカーパックのみ加入する方法
基本プランとセットで加入する方法

U-NEXTの基本プランとサッカーパックの登録手順は以下の通りです。毎月付与される1,200ポイントを利用して、サッカーパックをお得に利用しましょう。

サッカーパックのみ加入する方法

サッカーパックのみの登録方法は以下の通りです。

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DMM×DAZNホーダイ

DMM×DAZNホーダイでは、カラバオカップ(EFLカップ)を独占配信しています。このプランは、アニメやエンタメで人気の「DMMプレミアム」と、スポーツ配信に特化した「DAZN Standard」がセットになったお得な内容です。

最大の魅力は、スポーツだけでなく映画やアニメなど多彩なエンタメコンテンツも楽しめること。スポーツ観戦とエンタメの両方を満喫したい方におすすめのプランです。

DMM×DAZNの料金

DMM×DAZNホーダイ月額料金は、3,480円(税込)です。

DMM×DAZNホーダイのメリット

DMM×DAZNホーダイメリットを3つ紹介します。

  • DMM、DAZNの単体契約より月額1,270円お得
  • 新規登録でDMMポイント最大1,650ptもらえる
  • 短期契約ならDMM×DAZNホーダイが圧倒的にお得

DMM、DAZNの単体契約より月額1,270円お得

本サービスの最大の魅力は、通常契約よりも月額1,270円お得に利用できる点です。

たとえば、DMMプレミアム(月額550円)とDAZN Standard(月額4,200円)を個別に契約すると、月額料金は合計4,750円になります。しかし、本サービスなら、月額3,480円(税込)で両方を楽しむことが可能です。

このように、個別契約に比べて1,270円もお得にエンタメとスポーツの両方を満喫できます。


新規登録でDMMポイント最大1,650ptもらえる

DMM×DAZNホーダイに新規登録した方は、初月から3ヶ月間、毎月550ポイントのDMMポイントを受け取れます。最大で1,650円分のDMMポイントがもらえるチャンスをお見逃しなく。

コアラ
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DMMポイントは、DMM TVの有料作品の購入や書籍、ゲームなどのDMMグループのサービスに利用できます。


短期契約ならDMM×DAZNホーダイが圧倒的にお得

DAZNの短期契約(9ヶ月以下)を検討している方には、DMM×DAZNホーダイがおすすめです。

プラン月額料金(税込)9ヶ月利用時の総額(税込)年間利用時の総額(税込)
DMM×DAZNホーダイ3,480円31,320円41,760円
DAZN Standard
(通常プラン)
4,200円37,800円50,400円
DAZN Standard
(年間一括払い)
32,000円
※2025年1月現在の情報です。最新情報はDMM×DAZNホーダイ公式サイトよりご覧ください。

通常のDAZN Standard(月額4,200円)と比べて、コストを大幅に抑えることができます。特定の試合を観たい方や、一時的に利用を考えている方に最適なプランです。

さらに、年間契約で最安値のDAZN Standard年間プラン(32,000円)と比較しても、9ヶ月以下の利用なら「DMM×DAZNホーダイ」の方が経済的です。

◆ポイント

  • 短期利用でもリーズナブルな料金で視聴可能
  • 必要な期間だけ利用できる柔軟なプラン
  • 特定の試合やシーズンだけ観たい方におすすめ

DMM×DAZNホーダイ」を活用して、視聴したい期間だけお得に楽しみましょう。

DMM×DAZNホーダイの登録方法

DMM×DAZNホーダイの登録方法を以下に解説します。

\ 9ヶ月以内の利用ならDAZNよりもお得!/

DAZN

DAZN

DAZNでは、カラバオカップ(EFLカップ)を独占配信しています。

DAZNのプランと月額料金

DAZNには、「DAZN Global」「DAZN Standard」「DAZN BASEBALL」の3つの料金プランがあります。サッカーをはじめとする主要なスポーツを視聴するには、DAZN Standardへの契約が必要です。

各プランの料金や配信コンテンツは以下の通りです。

プラン名月額料金(税込)配信コンテンツ
DAZN Global980円総合格闘技
ボクシング
トライアスロン
レスリングなど
DAZN BASEBALL2,300円
(年間:27,600円)
広島カープ主催試合以外のプロ野球
DAZN Standard4,200円すべてのスポーツコンテンツ
※2025年1月現在の情報です。最新情報はDAZN公式サイトよりご覧ください。

年間プランなら実質4ヶ月分お得

DAZN Standardを検討中の方には、年間プラン(一括払い)がおすすめです。

  • 月間プラン:月額4,200円(税込)×12ヶ月 = 50,400円
  • 年間プラン:一括払いで 32,000円(税込)
プラン名月額料金(税込)年間総額(税込)
「DAZN Standard」月間プラン4,200円50,400円
「DAZN Standard」年間プラン(一括払い)32,000円
「DAZN Standard」年間プラン(月々払い)3,200円38,400円
※2025年1月現在の情報です。最新情報はDAZN公式サイトよりご覧ください。

月間プランと比較すると、年間プランは18,400円もお得で、実質4ヶ月分の料金が無料になります。長期利用を予定している方は、年間プランを選ぶことで大幅に節約できます。

DAZNの登録方法

DAZNの登録はとても簡単です。以下の手順で登録できます。

\ 年間プランで実質4ヶ月分無料!/

WOWOWオンデマンド

WOWOWオンデマンドでは、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)を全試合独占配信しています。さらに、ヨーロッパリーグ(EL)カンファレンスリーグ(ECL)など、欧州最高峰のサッカー大会も独占で楽しめます。

WOWOWオンデマンドの料金

WOWOWオンデマンドは、月額2,530円(税込)です。

WOWOWオンデマンドとは?

WOWOWオンデマンドは、衛星放送とは異なり、インターネット上でWOWOWのコンテンツを視聴できるストリーミングサービスです。テレビだけでなく、スマートフォンやタブレット、パソコンなど、お手持ちのデバイスで手軽に視聴可能です。

便利な特徴

WOWOWオンデマンド便利な機能は2つあります。

  • 1契約で最大5台までアカウント登録が可能:家族や友人と共有して、好きな時間・場所で楽しめます。
  • 多様な視聴環境に対応:外出先や通勤時間でもサッカー観戦を満喫できます。

欧州カップ戦を全試合視聴するならWOWOWオンデマンド一択!

他のサービスではカバーしきれない全試合のライブ配信が実現するのは、WOWOWオンデマンドだけです。欧州カップ戦を隅々まで楽しみたい方には最適な選択肢です!

WOWOWオンデマンドの登録方法

WOWOWオンデマンドの登録方法を解説します。

\ 欧州カップ戦をフルで楽しむならコレ!/

アーセナルFCとは?強豪クラブの歩みと魅力

アーセナルFCの選手たちが走っている画像

アーセナルFCは、イングランド・北ロンドンを本拠地とするサッカークラブです。クラブの愛称は「ガナーズ(Gunners)」で、「砲兵」や「砲手」を意味します。

ここからは、アーセナルの歴史や特徴について詳しく解説します。

アーセナルの歴史|世界屈指の名門クラブ、その軌跡

アーセナルが強豪クラブへと成り上がった歴史について紹介します。

アーセナルの誕生と初期の歩み

アーセナルは1886年、ロンドン南東部のウーリッジにある兵器工場「ロイヤル・アーセナル」の労働者たちによって設立されました。当初は「ダイアル・スクエア」と名乗り、同年12月11日に初試合を行い、6-0で勝利しました。間もなく「ロイヤル・アーセナル」に改名し、拠点を変えながら活動を続けました。

初期の成功とプロ化への道

クラブは地元のトーナメントで成功を収め、1891年にプロ化を決断しました。しかし、これにより南部のアマチュアクラブとの関係が悪化し、ロンドン・フットボール・アソシエーションから地元大会への参加を禁止されます。そこで、1893年に「ウーリッジ・アーセナル」として法人化し、フットボールリーグのセカンドディビジョンに加盟しました。

昇格と経営の苦境

1903-04シーズンにはついにファーストディビジョン(1部リーグ)への昇格を果たします。しかし、ウーリッジの地理的な不利や経済的な問題により、クラブは財政的な困難に直面。観客動員数の減少もあり、1910年には経営が行き詰まりました。この危機を救ったのが不動産業で成功していたヘンリー・ノリス卿でした。

ハイベリーへの移転と新たなスタート

ノリスはクラブの財政状況を立て直すため、ウーリッジから北ロンドンのハイベリーへの移転を決定。1913年、ウーリッジ・アーセナルは新しいスタジアムを建設し、移転を完了しました。この移転により観客数が増加し、経営状態が改善されました。

物議を醸した1部昇格

1919年、ファーストディビジョンが20チームから22チームに拡張される際、アーセナルは議論を呼ぶ形で1部昇格を果たしました。通常ならば降格を免れるべきだったトッテナムが降格し、6位だったアーセナルが昇格を決めました。この決定には、ノリスによる政治的影響力が働いたと噂され、アーセナルとトッテナムのライバル関係を激化させる要因となりました。

苦戦する1部リーグでの戦い

1部復帰後のアーセナルは低迷が続き、1923-24シーズンには降格圏ギリギリの19位で終わるなど、苦しい戦いが続きました。1925年、ノリスは監督を交代し、新たにハーバート・チャップマンを招聘。これがアーセナルの黄金時代への第一歩となるのでした。

チャップマンの功績とクラブの改革

ハーバート・チャップマンは、アーセナルの近代化を推し進めた監督であり、彼の功績はクラブのスタジアムにブロンズの胸像として残されています。彼はトレーニングと理学療法の体制を改良し、1928年に選手のシャツに番号を導入、1933年にはクラブカラーを赤シャツ・白袖へ変更しました。また、クラブ名から「ザ」を外し、「アーセナル」とするようメディアに働きかけ、地下鉄駅の名称を「アーセナル」に変更することにも成功しました。

戦術改革と「WMフォーメーション」の導入

1925年、アーセナルはニューカッスルに0-7で敗北しました。この敗戦を受け、チャップマンはベテラン選手チャーリー・バカンの提案をもとに「WMフォーメーション」を導入し、センターハーフを守備的に配置することで守備力を向上させました。さらに、スピードのある前線や創造的なミッドフィルダーの重要性を強調し、チーム戦術を発展させました。

チーム強化と初のタイトル獲得

チャップマンは長期的な視点でチームを強化し、ジョー・ハルムやジャック・ランバートといった選手を獲得。1926-27シーズンにはFAカップ決勝に進出しましたが、カーディフ・シティに敗れました。しかし、その後も戦力補強を続け、1929-30シーズンにはFAカップを制覇。続く1930-31シーズンにはリーグ優勝を果たし、アーセナルはイングランド屈指の強豪クラブへと成長しました。

物議を醸したFAカップ決勝とその後の巻き返し

1931-32シーズン、アーセナルは再びFAカップ決勝に進出しましたが、ニューカッスル・ユナイテッドに敗れました。この試合では、ニューカッスルの得点が本来ならゴールラインを越えてプレーが切れていたはずだと議論を呼びました。しかし、翌シーズンにはリーグ優勝を果たし、アストン・ヴィラとの直接対決で5-0の圧勝を収めるなど、強さを証明しました。

FAカップでの大波乱と主力選手の交代

1932-33シーズンのFAカップでは、3部リーグのウォルソールに2-0で敗れるという歴史的な番狂わせが起こりました。この敗戦を受けて、ミスを犯した選手数名が即座に放出されました。また、主力選手の衰えを考慮し、新たにジョージ・メイルやレイ・ボウデンといった選手を補強しました。

チャップマンの急逝とチームの継続的な成功

1934年1月、チャップマンが肺炎で急逝するという悲劇が発生しました。しかし、暫定監督ジョー・ショーの指揮のもと、アーセナルはリーグ優勝を果たしました。この時期には攻撃力がやや低下したものの、堅実なプレーで王者の地位を維持しました。

新監督アリソンと黄金時代の継続

1934年夏、元クラブディレクターのジョージ・アリソンが監督に就任。彼はウィルフ・コッピングやテッド・ドレイクといった選手を獲得し、攻撃力を強化しました。1934-35シーズンには3連覇を達成し、ストライカーのドレイクはリーグ戦で42得点を記録する活躍を見せました。

スタジアムの近代化と観客の増加

アーセナルの成功により、観客数も増加。クラブはハイバリーのスタジアムを近代化し、モダンなアールデコ調のスタンドを建設しました。1935年のサンダーランド戦では、過去最多となる73,295人の観客を動員しました。

FAカップとリーグ制覇で締めくくられた黄金時代

1935-36シーズンにはFAカップ決勝でシェフィールド・ユナイテッドに1-0で勝利し、2度目のFAカップ優勝を果たしました。さらに、1937-38シーズンにはウルブスとの最終戦に勝利し、通算5度目のリーグ優勝を達成。こうして、アーセナルの1930年代は成功に彩られた黄金時代となりました。

第二次世界大戦(1939年~1945年):戦時下のアーセナル

第二次世界大戦が勃発すると、イギリスのサッカーリーグは中断され、アーセナルの本拠地ハイベリーはARPステーションとして接収されました。空襲の影響でスタジアムは損害を受け、アーセナルはトッテナム・ホットスパーの本拠地であるホワイト・ハート・レーンで試合を行うことになりました。

戦時中の試合は公式記録にカウントされず、地域ごとに開催された大会ではチームがシーズンを完遂できないことが多かったです。多くの選手が軍隊に所属し、他のクラブでゲストプレイヤーとしてプレーすることもありました。アーセナルは戦時中にいくつかのタイトルを獲得しましたが、1941年にはリーグへの参加を拒否し、独自のリーグを組織したため、一時的に会員資格を剥奪されました。

戦争終結後の1945年、アーセナルはソ連のディナモ・モスクワと親善試合を行いました。この試合は多くの論争を引き起こし、イギリスとソ連双方が相手の不正行為を主張しました。この対立は、作家ジョージ・オーウェルがエッセイ『スポーツ精神』を執筆するきっかけとなりました。

1940年代:財政難と復活の兆し

戦争でアーセナルの選手9名が犠牲となり、クラブは大きな打撃を受けました。戦災復興の費用とハイベリーの修復により、財政状況も悪化し、戦後初のシーズンでは低迷が続きました。しかし、1947-48シーズンには新監督トム・ウィテカーの指揮のもと、リーグ優勝を果たしました。

1950年代:成功と挫折

1950年にはFAカップでリヴァプールを下し優勝しましたが、その後はリーグ戦で安定した成績を残せず、1951-52シーズンはタイトルを目前にしながらも負傷者続出により無冠に終わりました。翌1952-53シーズンにはリーグ優勝を果たしましたが、これが長期低迷前の最後のタイトルとなりました。

ウィテカー監督の死去後、クラブの成績は下降し、スター選手を引き留めることが難しくなりました。1958-59シーズンに3位となったのが唯一の好成績で、それ以降は中位に低迷しました。

1960年代:苦境と変革

1962年、アーセナルは元イングランド代表キャプテンのビリー・ライトを監督に迎えましたが、彼は監督経験がなく、チームの成績は向上しませんでした。1966年のFIFAワールドカップで優勝したイングランド代表にアーセナルの選手は1人しか選ばれず、しかも試合に出場しませんでした。

観客動員数も減少し、1966年5月の試合ではわずか4,554人しかスタジアムに足を運ばないという事態になりました。最終的にライト監督は解任され、クラブの理学療法士であったバーティ・ミーが新監督に就任しました。

監督交代とチーム再建

1966年、アーセナルの監督がビリー・ライトからバーティー・ミーに交代しました。ミーは、理学療法士としての経験を持ち、チームの再建を託されました。新戦力を加えたことで、アーセナルは1966-67シーズンを7位で終え、前シーズンの14位から大きく順位を上げました。

苦しいシーズンとリーグカップでの挫折

翌シーズンにはドン・ハウがコーチに就任しましたが、アーセナルは1968年と1969年にリーグカップ決勝で連敗。特に1969年のスウィンドン・タウン戦での敗北は衝撃的なものでした。しかし、リーグ戦では4位となり、1969-70シーズンのヨーロッパ出場権を獲得しました。

ヨーロッパ初タイトルとクラブの躍進

アーセナルは1969-70シーズンのインターシティーズ・フェアーズカップで優勝し、クラブ史上初のヨーロッパタイトルを獲得しました。決勝ではアンデルレヒトを逆転で破り、ファンに大きな感動を与えました。

1970-71シーズンのダブル達成

翌シーズン、アーセナルはFAカップとリーグ優勝を達成。リーズ・ユナイテッドとの熾烈な争いを制し、トッテナムとの最終戦で勝利してリーグ優勝を決めました。FAカップ決勝ではリヴァプールを延長戦の末に2-1で破り、クラブ史上初のダブルを成し遂げました。

その後の低迷と監督交代

ダブル達成後、アーセナルは低迷し始め、1971-72シーズンはリーグ5位、FAカップ決勝ではリーズに敗れました。1972-73シーズンにはリーグ2位となるも、徐々に戦力が低下。1974-75シーズンには16位、翌シーズンには17位と低迷し、ミー監督は辞任しました。その後、テリー・ニールが監督に就任しました。

チームの再建と若手の台頭

ニール監督のもと、アイルランド出身のリアム・ブレイディを中心に新たなチームが形成されました。ブレイディ、パット・ライス、フランク・ステイプルトンらの活躍により、アーセナルはリーグ上位に復帰しました。

FAカップでの成功と失敗

1978年から1980年にかけてアーセナルは3年連続でFAカップ決勝に進出しました。1979年にはマンチェスター・ユナイテッドを3-2で破り優勝。しかし、1980年の決勝ではウェストハムに敗れ、カップウィナーズカップ決勝でもバレンシアにPK戦で敗れるなど、苦しい戦いが続きました。

1980年代の低迷とニール監督の解任

1980年、ブレイディがユヴェントスに移籍すると、チームは再び低迷。カップ戦で格下チームに敗れるなど不振が続き、1983年にニール監督は解任されました。後任のドン・ハウもタイトルには届かず、観客動員数は減少しました。

新たな監督探しとファーガソンへのオファー

1986年、アーセナルは新監督を探し、アバディーンのアレックス・ファーガソンにオファーを出しましたが、彼はこれを拒否。その後、ファーガソンはマンチェスター・ユナイテッドの監督に就任しました。アーセナルは最終的に新たな監督を外部から探す決断を下しました。

グラハム就任とチーム再編(1986-87シーズン)

1986年5月、元アーセナル選手であるジョージ・グラハムが監督に就任し、新たな成功の時代が幕を開けました。彼は古参選手を放出し、若手や新加入選手と入れ替え、厳格な規律を導入しました。その結果、チームはすぐに好調を取り戻し、就任初年度にはリーグカップ優勝を果たしました。特に準決勝のトッテナム戦や決勝のリヴァプール戦では、逆転勝利を収めています。

1988-89シーズン:劇的なリーグ優勝

3年目のシーズン、アーセナルは劇的な形で1971年以来となるリーグ優勝を果たしました。最終戦でリヴァプールに2点差で勝利する必要があり、終了間際にマイケル・トーマスが決勝ゴールを決めてタイトルを獲得しました。

1990-91シーズン:困難を乗り越えたリーグ制覇

アーセナルは1990年夏にゴールキーパーのデイビッド・シーマンを獲得し、再びタイトルを狙う体制を整えました。シーズン中には乱闘事件による勝ち点剥奪や、キャプテンのトニー・アダムスの飲酒運転による懲役などの困難がありましたが、最終的に1敗のみで優勝を果たしました。

1992-93シーズン:国内カップ戦での成功

プレミアリーグ初年度となる1992-93シーズンは、リーグ戦では10位と低迷しましたが、FAカップとリーグカップの2冠を達成しました。決勝ではどちらもシェフィールド・ウェンズデイと対戦し、延長戦の末に勝利を収めました。

1993-94シーズン:カップウィナーズカップ優勝

アーセナルはヨーロッパの舞台でも結果を残し、カップウィナーズカップ決勝でパルマを1-0で破り、欧州タイトルを獲得しました。この試合では、負傷や出場停止で主力を欠く中、アラン・スミスのゴールと堅守で勝利を収めました。

グラハム解任とその後(1994-95シーズン)

1995年2月、ジョージ・グラハムは不正な金銭授受が発覚し、解任されました。後任にはスチュワート・ヒューストンが暫定監督としてチームを率いましたが、プレミアリーグでは12位に終わりました。一方でカップウィナーズカップでは決勝に進出しましたが、サラゴサに敗れ、タイトルを逃しました。

1996-97シーズン: 好調なスタートと惜しいチャンピオンズリーグ逃し

アーセン・ヴェンゲル監督のもと、アーセナルはすぐに好調となり、1996-97シーズンにはプレミアリーグ3位でフィニッシュしました。UEFAカップ出場権を獲得しましたが、得失点差で2位を逃し、チャンピオンズリーグ出場権を逃しました。ヴェンゲル監督は、フランス人選手を積極的に起用し、パトリック・ヴィエラ、ニコラ・アネルカ、エマニュエル・プティ、マルク・オーフェルマルスらを獲得しました。また、既存の主力選手であるアダムス、ディクソン、ウィンターバーンらと新加入選手を融合させ、強固なチームを作り上げました。

1997-98シーズン: 二冠達成と快挙

翌シーズン、アーセナルはリーグ優勝とFAカップ制覇の「二冠」を達成し、ヴェンゲル監督はイングランドリーグで優勝した初の外国人監督となりました。一時は12ポイントの差をつけられたものの、驚異的な巻き返しでマンチェスター・ユナイテッドを逆転。5月3日にエバートンを4-0で破り、2試合を残して優勝を決めました。さらに、FAカップ決勝ではニューカッスル・ユナイテッドを2-0で下し、シーズンを完璧な形で締めくくりました。イアン・ライトもクラブ最多得点記録を更新し、通算185ゴールを達成しました。

1998-99シーズン: 優勝争いと惜敗

フレディ・ユングベリとティエリ・アンリを獲得し戦力を強化しましたが、このシーズンは惜しくも無冠に終わりました。リーグ終盤でリーズ・ユナイテッドに敗れ、マンチェスター・ユナイテッドに逆転を許しました。FAカップ準決勝の再試合でもマンチェスター・ユナイテッドに敗北し、デニス・ベルカンプは試合中にPKを失敗しました。さらに、チャンピオンズリーグではグループステージ突破に失敗し、欧州の舞台でも苦しみました。

1999-2000シーズン: チャンピオンズリーグでの挫折

アーセナルは再びリーグ2位となるも、優勝したマンチェスター・ユナイテッドとは18ポイントもの差が開いていました。チャンピオンズリーグではグループステージ敗退となり、UEFAカップに回りましたが、決勝でガラタサライにPK戦で敗れ、タイトルを逃しました。

2000-01シーズン: リヴァプールとのFAカップ決勝敗退

このシーズンもリーグ2位に終わり、マンチェスター・ユナイテッドとの差は10ポイントでした。FAカップでは決勝に進出し、リヴァプールと対戦しました。試合の大半を支配しながらも、終盤にマイケル・オーウェンの2得点を許し、1-2で敗戦。チャンピオンズリーグでは、クラブ史上初めて準々決勝に進出しましたが、バレンシアにアウェイゴール差で敗退しました。

2001-02シーズン: 3度目の二冠達成

チームの再建を進めながら、アーセナルは2001-02シーズンにリーグ優勝とFAカップ制覇の二冠を達成しました。プレミアリーグ全試合でゴールを記録し、アウェイ戦では無敗という驚異的な成績を残しました。シーズン終盤に13連勝を記録し、オールド・トラッフォードでマンチェスター・ユナイテッドに1-0で勝利し、優勝を決定しました。FAカップ決勝ではチェルシーを2-0で破り、8度目の優勝を飾りました。

2002-03シーズン: FAカップ連覇とリーグ優勝争い

アーセナルはFAカップを連覇し、サウサンプトンを1-0で破りました。しかし、プレミアリーグではマンチェスター・ユナイテッドに8ポイント差をつけて首位に立つも、終盤で失速。ボルトンとの試合で2-0のリードを守れず引き分け、さらにリーズ・ユナイテッドに敗れてしまい、リーグタイトルを逃しました

無敗優勝の偉業達成(2003-04シーズン)

2003-04シーズン、アーセナルはリーグ戦を無敗で制覇し、プレミアリーグ史上初の「無敗優勝」を達成しました。この快挙は、1888-89年のプレストン・ノースエンド以来の記録であり、26勝12引き分けという成績で2位チェルシーに11ポイント差をつけての優勝でした。

しかし、FAカップ準決勝ではマンチェスター・ユナイテッドに、チャンピオンズリーグ準々決勝ではチェルシーに敗れ、国内外のカップ戦では成功を収めることができませんでした。

リーグ優勝は、ライバルのトッテナム・ホットスパーとの試合(2-2)で決定し、アーセナルは1971年以来のトッテナム戦での優勝決定という歴史を繰り返しました。特に、リバプール戦でのティエリ・アンリのハットトリックによる逆転勝利(4-2)は、シーズンのハイライトの一つとなりました。

無敗記録の更新とリーグタイトルの喪失(2004-05シーズン)

アーセナルは翌2004-05シーズンも好調を維持し、イングランドのリーグ戦で49試合無敗という新記録を樹立しました。しかし、10月にマンチェスター・ユナイテッドに0-2で敗れ、無敗記録は途絶えました。この試合の影響もあり、アーセナルはタイトル争いから脱落し、最終的に12ポイント差でチェルシーに優勝を許しました。

しかし、FAカップでは決勝でマンチェスター・ユナイテッドと対戦し、0-0のままPK戦へ突入。PK戦では5-4で勝利し、4年で3度目のFAカップ優勝を果たしました。一方、チャンピオンズリーグではバイエルン・ミュンヘンに合計スコア3-2で敗れ、第2ラウンドで姿を消しました。

主力の放出とリーグ戦での苦戦(2005-06シーズン)

2005年夏、チームの精神的支柱であったキャプテンのパトリック・ヴィエラがユヴェントスへ移籍し、アーセナルのチームバランスが大きく変わりました。その影響もあり、2005-06シーズンのリーグ戦ではアウェイでの成績が振るわず、一時は5位以下に沈みました。

しかし、シーズン終盤に巻き返し、最終戦のハイバリーでの試合でウィガン・アスレティックに4-2で勝利。トッテナム・ホットスパーがウェストハムに敗れたこともあり、アーセナルは逆転で4位に入り、チャンピオンズリーグ出場権を確保しました。

クラブ史上初のチャンピオンズリーグ決勝進出

国内リーグでは苦戦したものの、アーセナルはチャンピオンズリーグで躍進しました。グループリーグを無敗で突破し、レアル・マドリード、ユヴェントス、ビジャレアルを破って決勝進出。特に、レアル・マドリード戦ではサンティアゴ・ベルナベウでの歴史的な勝利を収め、準決勝では10試合連続無失点という大会新記録を樹立しました。

迎えた決勝戦では、バルセロナと対戦。しかし、試合開始早々にゴールキーパーのイェンス・レーマンが退場となり、数的不利の中で戦うことを強いられました。それでも、ソル・キャンベルのゴールで先制しましたが、終盤にサミュエル・エトーとジュリアーノ・ベレッティの得点を許し、1-2で敗北。クラブ史上初のチャンピオンズリーグ優勝は叶いませんでした

このシーズンをもって、アーセナルは長年本拠地としてきたハイバリーを離れ、新スタジアム「エミレーツ・スタジアム」へ移転することとなりました。

2006年~2007年: エミレーツ・スタジアムへの移転と新時代の幕開け

アーセナルは2006年にハイバリーから新たな本拠地・エミレーツ・スタジアムへ移転しました。これにより収容人数の増加を実現しましたが、クラブは移行期の影響を受け、すぐには成功を収めることができませんでした。2006-07シーズンは4位で終え、リーグカップでは決勝進出するもチェルシーに敗れました

2007-08シーズン: 成功と失望の交錯

若手主体のチームはリーグ戦で28試合無敗を達成し、一時は優勝を狙える位置につけていました。しかし、エドゥアルドの負傷を機に勢いを失い、最終的に3位でフィニッシュしました。その後も2010年、2011年とタイトル争いに絡むものの、終盤で失速し、優勝には手が届きませんでした。

2011-2013年: 主力選手の流出と苦戦

アーセナルは2011年にファブレガスとナスリ、2012年にファン・ペルシーを放出し、チーム力が低下しました。プレミアリーグではトップ4争いを続けながらも、財政力のあるライバルクラブとの競争に苦しみました。また、チャンピオンズリーグでは2011年から7シーズン連続でベスト16敗退という結果が続きました。

2014-2017年: FAカップでの成功とリーグ戦での浮き沈み

2014年、アーセナルはFAカップを制し、9年間の無冠を終わらせました。その後も2015年、2017年とFAカップで優勝し、ヴェンゲル監督は同大会で歴代最多となる7度の優勝を果たしました。しかし、リーグ戦では2015-16シーズンに2位となったものの、タイトルには届かず、2016-17シーズンにはトップ4を逃し、チャンピオンズリーグの出場権を失いました。

2017-2018年: ヴェンゲルの退任と新時代への転換

2017-18シーズン、アーセナルはリーグ6位に沈み、ヨーロッパリーグでは準決勝敗退を喫しました。1月にはウォルコット、ジルー、サンチェスを放出する一方で、ラカゼットやオーバメヤンを獲得するなど、大規模なチーム再編を進めました。そして、ヴェンゲル監督が22年間の指揮を終えて退任し、新監督にウナイ・エメリが就任しました。

2018-2019年: エメリ体制の崩壊

エメリ監督のもと、アーセナルはシーズン序盤に22試合無敗を記録しましたが、リーグ戦は5位で終わり、チャンピオンズリーグ復帰を逃しました。ヨーロッパリーグでは決勝進出を果たしましたが、チェルシーに1-4で敗れました。翌シーズンの不振により、エメリは2019年11月に解任されました。

2019-2021年: アルテタの就任とFAカップ優勝

エメリ解任後、元アーセナルのキャプテンであったミケル・アルテタが監督に就任しました。2020年には新型コロナウイルスの影響でリーグ戦が中断されましたが、シーズン再開後にFAカップで優勝し、クラブにタイトルをもたらしました。しかし、リーグ戦では2020-21シーズン、2021-22シーズンともに8位に終わり、1995-96シーズン以来初めてヨーロッパの大会出場を逃しました。

2022-2023年: プレミアリーグ優勝争い

2022-23シーズン、アーセナルはシーズン序盤から快進撃を続け、ワールドカップ中断期間時点でリーグ首位に立っていました。しかし、終盤の失速によりマンチェスター・シティに逆転を許し、2位でフィニッシュしました。FAカップでも4回戦でシティに敗れましたが、チームは成長を見せました。

2023-2024年: チャンピオンズリーグ復帰と躍進

2023-24シーズン、アーセナルは再びシティとの優勝争いを繰り広げました。リーグ戦では過去最多の勝利数を記録し、2位でシーズンを終えました。また、7年ぶりのチャンピオンズリーグ出場を果たし、14年ぶりに準々決勝に進出するなど、復活の兆しを見せています。

宿敵はどこ?アーセナルのライバルクラブ徹底比較

ライバルクラブと対戦している画像

アーセナルにはライバルクラブが多数あります。それぞれのライバル関係について紹介します。

  • トッテナム・ホットスパーFC(ノースロンドンダービー)
  • マンチェスター・ユナイテッド
  • チェルシーFC
  • マンチェスター・シティ

トッテナム・ホットスパーFC(ノースロンドンダービー)

ノースロンドン・ダービーは、イングランド北ロンドンを本拠地とするアーセナルとトッテナム・ホットスパーの対戦を指します。両クラブのファンにとって、互いは最大のライバルであり、このダービーは世界で最も激しい試合の一つとされています。初対戦は1887年ですが、ライバル関係が本格化したのはアーセナルが1913年に北ロンドンへ移転してからです。

2025年1月15日現在、フットボールリーグでの対戦は197試合行われ、アーセナルが84勝、トッテナムが61勝、引き分けが52試合となっています。リーグ参加前の試合を含めると、通算211試合でアーセナルが89勝、トッテナムが67勝、引き分けが55試合です。

歴史的な試合として、1971年のアーセナルのリーグ優勝決定戦(ホワイト・ハート・レーン)、2004年の無敗記録達成試合、1983年のトッテナムの5-0勝利、1978年のアーセナルの5-0勝利、1990-91年FAカップ準決勝でのトッテナムの勝利などが挙げられます。特に2004年11月の5-4でアーセナルが勝利した試合は、ダービー史上最多得点試合となっています。得点ランキングでは、ハリー・ケインが14ゴールで最多を記録しています。

現在、アーセナルはイズリントンのエミレーツ・スタジアム、トッテナムはハリンゲイ地区のトッテナム・ホットスパー・スタジアムを本拠地としており、両スタジアムの距離は約6.4kmです。

アーセナルとマンチェスター・ユナイテッドのライバル関係について

アーセナルとマンチェスター・ユナイテッドの対戦は、特に1990年代後半から2000年代前半にかけて熾烈を極めました。プレミアリーグやFAカップのタイトル争いが激化し、両クラブの監督であるアーセン・ベンゲル(アーセナル)とアレックス・ファーガソン(ユナイテッド)、またキャプテンのパトリック・ヴィエラとロイ・キーンの対立も注目を集めました。

試合中の衝突も多く、1997年から2005年までに7枚のレッドカードが提示されています。特に2003年9月の「オールド・トラッフォードの戦い」では、ルート・ファン・ニステルローイがヴィエラを退場に追い込んだことで乱闘が発生しました。翌シーズンには、ユナイテッドがアーセナルの無敗記録をストップさせ、試合後のトンネル内でもトラブルが起きました。

しかし、2008年ごろからライバル関係は落ち着きを見せ、他クラブ(チェルシー、トッテナム、マンチェスター・シティ)の台頭により対戦の重要性が薄れたと指摘されています。

両クラブの初対戦は1894年10月で、2025年1月12日現在の対戦成績はユナイテッドが99勝、アーセナルが90勝、引き分けが54試合です。最多得点者はウェイン・ルーニー(12ゴール)、最多出場はライアン・ギグス(50試合)となっています。

また、ブライアン・キッド、アンディ・コール、ロビン・ファン・ペルシー、アレクシス・サンチェスなど、両クラブでプレーした選手も多く存在します。

アーセナルとチェルシーのライバル関係について

アーセナルFCとチェルシーFCのライバル関係は、ロンドンを本拠地とする両クラブによる対戦の歴史に基づいています。アーセナルはエミレーツ・スタジアム、チェルシーはスタンフォード・ブリッジをホームとし、長年にわたり熱戦を繰り広げてきました。

2024年11月10日時点での対戦成績は、アーセナルが83勝、チェルシーが66勝、引き分けが61回となっています。アーセナルの最大勝利は2024年4月23日の5-0、チェルシーの最大勝利は2014年3月22日の6-0でした。なお、このダービーにおける最多得点記録はディディエ・ドログバの13ゴールです。

両クラブは、これまで5回の主要な決勝戦で対戦しており、アーセナルが3回(2002年FAカップ、2017年FAカップ、2020年FAカップ)、チェルシーが2回(2007年リーグカップ、2019年ヨーロッパリーグ)勝利しています。

もともと互いを主要なライバルとは見なしていませんでしたが、ロンドンを代表する成功したクラブとして、1930年代からファンの間で激しい対立が生まれました。特に2000年代以降、チェルシーがプレミアリーグのトップチームへと成長し、タイトル争いを繰り広げるようになったことで、ライバル関係がより深まりました。

2003年のファン調査では、アーセナルサポーターにとってチェルシーはマンチェスター・ユナイテッド、トッテナムに次ぐ3番目のライバルと認識されていました。一方、チェルシーファンはアーセナルを最大のライバルと見なしているものの、伝統的なライバルはトッテナムやフラムだと答えています。

2008年の調査では、アーセナルファンはチェルシーを最も嫌いなクラブに挙げ、チェルシーファンはリバプールに次いでアーセナルを2番目に嫌いなクラブとしました。2014年のブリーチャー・レポートでは、アーセナルがチェルシーの2番目に嫌われるライバルとしてランクインしています。

アーセナルとマンチェスター・シティのライバル関係について

アーセナルFCとマンチェスター・シティFCのライバル関係は、2000年代後半から本格的に始まりました。アーセナルは長年、安定した強豪クラブとしてプレミアリーグで上位を維持していましたが、マンチェスター・シティが台頭し、多くのアーセナルの主力選手を獲得したことで対立が激化しました。

特にエマニュエル・アデバヨールやサミル・ナスリの移籍は両クラブの関係に大きな影響を与えました。2009-10シーズンの試合では、アデバヨールがゴールを決めた後、アーセナルファンの前で挑発的なパフォーマンスを見せ、強い反感を買いました。

2012年までにマンチェスター・シティはプレミアリーグでアーセナルを上回り、国内リーグの支配的な存在となりました。アーセナルもその後、いくつかのタイトルを獲得しましたが、シティとの差は広がり、ライバル関係は一時的に沈静化しました。しかし、2014年のFAコミュニティシールドではアーセナルが3-0で勝利し、2018年のEFLカップ決勝ではシティがリベンジを果たしました。

2022-23シーズンにはライバル関係が再燃し、アーセナルはプレミアリーグで最終月まで首位を維持しましたが、最終的にマンチェスター・シティが優勝し、5ポイント差でタイトルを逃しました。現在のアーセナル監督であるミケル・アルテタは、かつてシティでアシスタントコーチを務めており、シティのペップ・グアルディオラ監督とは親しい関係にあります。そのため、両クラブはピッチ上では激しく争うものの、指揮官同士の関係性は良好です。

熱狂的なアーセナルサポーター「グーナー」の特徴とは?

アーセナルのサポーターたちが喜びあってる画像

アーセナルFCのファンは「グーナー」と呼ばれています。この名称は、クラブの愛称である「ザ・ガナーズ」に由来しています。

アーセナルのホーム試合は、ほぼすべてが完売するほどの人気を誇ります。2007-08シーズンには、イングランドのクラブで2番目に高いリーグ平均観客動員数(60,070人、収容率99.5%)を記録しました。2015年時点では、史上3番目に高い平均観客動員数となっています。また、ヨーロッパ全体でも7番目に高い観客動員数を誇り、ボルシア・ドルトムントやバルセロナ、マンチェスター・ユナイテッドなどの名門クラブに次ぐ規模となっています。

アーセナルの本拠地周辺には、キャノンベリーやバーンズベリーといった裕福な地域、イズリントンやホロウェイ、ハイベリーなどの混合地域、さらに労働者階級が多く住むフィンズベリー・パークやストーク・ニューイントンなどがあります。そのため、アーセナルのサポーター層は多様で、さまざまな社会階級の人々に支えられています。アフリカ系カリブ人のファンはハックニー地区から、南アジア系のファンはウェンブリー・パークから多く集まります。さらに、かつてアイルランド系住民が多く暮らしていたイズリントンやアーチウェイ地区の影響もあり、アイルランド人のサポーターも多いですが、1960〜70年代と比べると減少傾向にあります。

また、アーセナルには多くのサポーターズクラブが存在します。クラブと密接に連携する「アーセナル・フットボール・サポーターズ・クラブ」や、独立した立場を維持する「アーセナル独立サポーターズ協会」がその代表例です。「アーセナル・サポーターズ・トラスト」は、ファンがクラブの所有により深く関与できるよう活動を行っています。さらに、アーセナルのファンは「The Gooner」や「Gunflash」、風刺的な「Up The Arse!」といったファンジン(ファンによる情報誌)も発行しています。

近年では、アーセナルのサポーターはロンドン以外にも世界中に広がっています。衛星テレビやインターネットの普及により、ファンとクラブの距離が縮まり、地理的要因に左右されにくくなっているためです。2007年の時点で、アーセナルはイギリス国内に24、アイルランドに37、その他の海外に49の公式サポーターズクラブを持っていました。2011年のSPORT+MARKTのレポートによると、アーセナルの世界的なファン数は1億1300万人と推定されています。さらに、2014-15シーズンには、アーセナルのソーシャルメディア活動が世界のサッカークラブの中で5番目に多いとされました。

このように、アーセナルはロンドンだけでなく世界中に熱狂的なファンを持つクラブであり、幅広い層に支持されています。

心震える!チームのテーマソング「The Angel (North London Forever)」

アーセナルFCの公式テーマソングは、ルイス・ダンフォードの「The Angel (North London Forever)」です。この楽曲は、アーセナルのホームゲームにおいて試合開始前に演奏されるのが通例となっています。

また、アーセナルのサポーターは、一般的なイングランドのサッカーチャントに加えて、クラブ独自の応援歌を数多く歌います。代表的なものには、以下のようなチャントがあります。

「1-0 to the Arsenal」(「ゴー・ウェスト」のメロディーを使用)

これは、試合中にアーセナルがリードしている際によく歌われるチャントです。特に、堅実な守備力で勝利を重ねてきたアーセナルの戦術を象徴するものとなっています。

「Who’s that team they call the Arsenal?」

相手チームを挑発するような歌詞で構成されており、試合の熱気を高めるチャントのひとつです。

「Good Old Arsenal」(「ルール・ブリタニア!」のメロディーを使用)

アーセナルの伝統を称えるクラシックな応援歌で、長年にわたってサポーターに親しまれています。

「We’re the North Bank / Clock End Highbury」

かつてのホームスタジアムであるハイベリーのゴール裏スタンド(ノース・バンクおよびクロック・エンド)にちなんだチャントで、今もなおエミレーツ・スタジアムで歌われています。

「Boring, Boring Arsenal」

1970年代から1980年代にかけて、アーセナルが守備的な戦術を採用していたことを自虐的に歌うチャントです。現在でも一部の試合でジョークとして使われることがあります。

アーセナルのチャントは、クラブの歴史や戦術、ファンのアイデンティティを象徴するものであり、試合会場の雰囲気を大いに盛り上げています。

アーセナルの象徴!愛されるマスコット「ガンナーザウルス・レックス」

ガンナーザウルス・レックスを模倣した画像

アーセナルFCの公式マスコットは、緑色の恐竜「ガンナーサウルス・レックス」です。身長は約213cmで、常に笑顔を絶やさない姿が特徴です。彼が初めて登場したのは、1994年8月(または1993年)に行われたマンチェスター・シティとのホームゲームでした。

ガンナーサウルス誕生の背景

ガンナーサウルスのデザインは、当時11歳だったピーター・ラヴェルによるもので、彼がジュニア・ガンナーズのコンテストに応募したアイデアが採用されました。公式の設定では、ハイベリー・スタジアムの改修工事中に発見された卵から孵化した恐竜とされています。

ガンナーサウルスとクラブの騒動

ガンナーサウルスの着ぐるみを担当していたのはジェリー・クイ氏で、初登場から長年にわたりマスコットの役割を担ってきました。しかし、2020年10月、新型コロナウイルス(COVID-19)によるクラブのコスト削減策の一環として、クイ氏は解雇されることに。これと同時に、クラブは55人のフルタイム従業員を解雇しました。ただし、クラブ側は「観客がスタジアムに戻ることが許可されれば、ガンナーサウルスは復帰する」と発表しました。

この決定を受けて、オンライン上ではクイ氏のための募金活動が開始されました。また、当時のアーセナルの選手であったメスト・エジルが「自分がクラブに所属している限り、クイ氏の給与を支払う」と申し出たことも大きな話題となりました。

ガンナーサウルスの復帰

その後、2020年11月にはCOVID-19の規制が緩和され、12月3日からサポーターのホームゲーム観戦が許可されることが決定。それに先立ち、クラブはガンナーサウルスの復帰を発表し、「希望すれば、クイ氏を含めた複数のメンバーでマスコットを担当できる」としました。

ガンナーサウルスは、アーセナルの象徴的な存在として、サポーターに愛され続けています。

伝説の”無敗優勝”!The Invincibles(インヴィンシブルズ)とは?

選手たちがトロフィーを掲げている画像

アーセナルは2000年初期に一時代を築いたクラブとしても有名です。輝かしい記録について紹介します。

2001-02シーズン:アウェー無敗でプレミアリーグ優勝

2002年5月、アーセナルはマンチェスター・ユナイテッドを破り、プレミアリーグのタイトルを奪い返しました。このシーズン、アウェイ戦で一度も敗れることなく、1888-89年のプレストン・ノースエンドの記録に並びました

監督のアーセン・ベンゲルは、これを「イングランドサッカーにおける勢力の移行」と表現し、さらなる成功を目指しました。2002年9月、リーズ・ユナイテッド戦で4-1の勝利を収め、国内連続試合得点記録(47試合)とアウェイ無敗記録(22試合)を更新しました。

2003-04シーズン:無敗優勝と歴史的快挙

財政的制約の中、アーセナルは慎重な補強を行い、冬の移籍市場ではホセ・アントニオ・レジェスを獲得しました。そして、2003-04シーズンにプレミアリーグ史上初の「無敗優勝」を達成しました。

このシーズン、アーセナルは38試合で26勝12分け、1敗も喫しませんでした。特にマンチェスター・ユナイテッド戦では、ルート・ファン・ニステルローイがロスタイムにPKを外し、無敗が継続しました。4月にはトッテナムとの引き分けでリーグ優勝を決定。

国内カップ戦では不振が続き、FAカップとフットボールリーグカップの準決勝で敗退しました。また、チャンピオンズリーグでも準々決勝でチェルシーに敗退しました。

無敗記録の延長と49試合無敗の達成

翌シーズン、アーセナルは2004-05シーズン序盤まで無敗を維持し、ノッティンガム・フォレストの記録(42試合)に並び、最終的に49試合まで記録を更新しました。しかし、2004年10月のマンチェスター・ユナイテッド戦で物議を醸す判定の末、0-2で敗れ、無敗記録は途絶えました。

この無敗優勝を記念し、プレミアリーグは特別な「金色のトロフィー」を制作しました。このトロフィーは、2018年にアーセン・ベンゲル監督へ贈呈されました。

アーセナルの「無敵のシーズン(The Invincibles)」は、イングランドサッカー史上に残る偉業として今も語り継がれています。

アーセナルと日本人選手|これまでに所属した日本人プレイヤーたち

プレミアリーグの強豪アーセナルには、これまで複数の日本人選手が在籍してきました。ここでは、アーセナルでプレーした日本人選手4名を紹介します。

  • 稲本潤一(Junichi Inamoto)
  • 宮市亮(Ryo Miyaichi)
  • 浅野拓磨(Takuma Asano)
  • 冨安健洋(Takehiro Tomiyasu

稲本潤一(Junichi Inamoto)|プレミア挑戦の先駆者

稲本潤一選手は、イングランドのクラブとプロ契約を結んだ最初の日本人選手です。彼は1999年のワールドユース決勝でスペインに敗れ、チャビ選手から全くボールを奪えなかった経験から、海外でのプレーの必要性を痛感しました。

2001年夏、稲本選手はアーセナルと契約を結びました。これは、同年のコンフェデレーションズカップで当時のアーセン・ヴェンゲル監督がゲスト解説として来日した際に注目されたことがきっかけだったとされています。

しかし、アーセナルでは1年間在籍したものの、プレミアリーグでの出場機会はありませんでした。それでも、世界トップクラスの選手たちとプレーすることで自信を身につけました。

翌シーズンにはフラムへ期限付き移籍し、プレミアリーグでのデビューを果たします。さらに、日本人選手として初めてのプレミアリーグ得点を記録し、新たな歴史を刻みました。

宮市亮(Ryo Miyaichi)|ガラスのスピードスターの苦悩

宮市亮選手は、高校3年生の夏にアーセナルの練習に参加し、2010年12月に正式契約を結びました。しかし、英国の就労ビザの発行基準を満たしていなかったため、2011年1月にオランダのフェイエノールトへ期限付き移籍となりました。

フェイエノールトでは、欧州主要リーグの日本人最年少デビュー記録や最年少得点記録を更新し、華々しい活躍を見せました。その実績が評価され、2011-12シーズン前にはアーセナルのファーストチーム入りが決定。特例で英国の労働ビザを取得し、イングランドでのプレーが可能となりました。

2011年9月、EFLカップ(現カラバオ・カップ)で公式戦デビューを果たしましたが、その後負傷により長期離脱を余儀なくされました。2012年1月にはボルトン・ワンダラーズへ期限付き移籍し、プレミアリーグデビューを果たします。その後もウィガン・アスレティックへ期限付き移籍しましたが、度重なる怪我に悩まされ、思うように出場機会を得られませんでした。

2013-14シーズンにはアーセナルに残留し、チャンピオンズリーグ本戦デビューを飾るものの、リーグ戦の出場は1試合にとどまりました。翌シーズンはオランダのFCトゥウェンテへ期限付き移籍しましたが、期待された活躍を見せることができず、2015年6月にアーセナルを退団。その後、ドイツ・ブンデスリーガ2部のザンクトパウリへフリーで移籍しました。

宮市選手はアーセナル在籍時に大きな期待を寄せられたものの、怪我に苦しみ、プレミアリーグでの出場は1試合のみに終わりました。

浅野拓磨(Takuma Asano)|”ジャガー”の挑戦とその後

浅野拓磨選手は、サンフレッチェ広島での活躍を経て、2016年7月にアーセナルと契約しました。当時、リオ五輪予選の決勝戦で韓国を相手に2ゴールを決め、世界的な注目を集めていました。もともとドイツのクラブへ移籍する予定でしたが、正式契約の直前にアーセナルからオファーを受け、悩んだ末に移籍を決断しました。

しかし、イギリスの労働許可証の発給が認められず、アーセナルでプレーすることは叶いませんでした。そのため、2016年8月にドイツ・ブンデスリーガ2部のVfBシュトゥットガルトへ期限付き移籍となります。同クラブでは得点を挙げる活躍を見せ、チームの1部昇格に貢献しました。

翌シーズンもシュトゥットガルトに残留し、ブンデスリーガ1部でのデビューを果たしますが、負傷や監督交代の影響で出場機会が減少。2018年5月にはハノーファー96へ期限付き移籍しましたが、契約の問題によりシーズン途中から起用を制限される状況に陥りました。

その後、浅野選手は、アーセナルでの出場はなく、退団。2019年8月にセルビアのパルチザンへ完全移籍し、新たな挑戦をスタートさせました。

冨安健洋(Takehiro Tomiyasu)|怪我に苦しむ現代最強の日本人DF

冨安健洋選手は、現時点でアーセナルで最も成功した日本人選手です。

2021年8月31日にアーセナルへ移籍し、背番号18を着用しました。9月11日のノリッジ・シティ戦でプレミアリーグデビューを果たし、安定した守備力と多様なポジション適性で評価を高めました。加入直後の9月にはチームの月間最優秀選手に選ばれるなど、順調なスタートを切りました。

しかし、その後は度重なる怪我に悩まされることとなります。2021-22シーズンは右脹脛の負傷が再発し、長期離脱を余儀なくされました。2022-23シーズンには、センターバックや両サイドバックをこなしつつも、UEFAヨーロッパリーグ・スポルティングCP戦で右膝を負傷し、シーズン残りの試合を欠場することとなりました。

2023-24シーズンでは、9月にUEFAチャンピオンズリーグでの初出場を果たし、10月にはシェフィールド・ユナイテッド戦でアーセナル移籍後初ゴールを決めました。さらに10月の月間最優秀選手に選ばれるなど活躍を見せましたが、12月にふくらはぎを負傷し、約1ヶ月の離脱となりました。2024年3月にはアーセナルとの契約を2026年まで延長しましたが、シーズン後半も負傷が続き、プレー時間が制限されました。

2024-25シーズン開幕前にはプレシーズンツアーで膝を負傷し、8月には手術を受けることになりました。2025年2月には再び手術を受け、復帰は2025年末を目標とすることが発表されました。これにより、2024-25シーズンはわずか6分の出場にとどまりました。

冨安選手はアーセナルでの在籍期間を通じて、怪我に苦しみながらも堅実な守備とポリバレントなプレースタイルでチームに貢献し続けました。

レジェンド選手

アーセナルという強豪クラブで、大きなインパクトを残した選手やレジェンド選手は多数います。ここからは、アーセナルのレジェンド選手たちについて紹介します。

ティエリ・アンリ(Thierry Henry)

ティエリ・アンリは、アーセナル史上最高の選手の一人として広く認識されており、クラブ記録となる228ゴールを記録しました。1999年にユヴェントスからアーセナルに移籍し、アーセン・ベンゲル監督のもとでストライカーとして成長しました。移籍当初は適応に苦しみましたが、最終的にプレミアリーグ屈指のフォワードへと成長しました。

2001-02シーズンにはリーグ得点王となり、アーセナルのプレミアリーグとFAカップの2冠に貢献しました。特に2003-04シーズンには、アーセナルがプレミアリーグ無敗優勝を果たし、自身も30ゴールを記録するなど、絶大な影響を与えました。その後もゴールを量産し、クラブのキャプテンとしてもチームを牽引しました。

2006年には、UEFAチャンピオンズリーグ決勝進出にも貢献しましたが、バルセロナに敗れました。2007年にバルセロナへ移籍するまで、アーセナルの象徴的な存在として活躍しました。その後、2012年に短期間のレンタル移籍でアーセナルに復帰し、FAカップのリーズ戦で劇的なゴールを決めるなど、ファンに感動を与えました。

アンリは、その卓越したスピード、テクニック、決定力でアーセナルの歴史に名を刻み、多くの栄誉を手にしました。現在でもアーセナルの伝説的な存在として、多くのファンに愛され続けています。

デニス・ベルカンプ(Dennis Bergkamp)

デニス・ベルカンプは、アーセナル史上最も優れたテクニックを持つ選手の一人として知られています。1995年にインテルから移籍金750万ポンドで加入し、クラブの歴史において重要な転換点となりました。彼の卓越したスキルと創造性はアーセナルのプレースタイルを大きく変え、クラブを世界的に注目されるチームへと押し上げました。

アーセナル加入当初はイングランドのサッカーに適応するのに苦しみましたが、徐々に実力を発揮し、1996年にアーセン・ベンゲルが監督に就任すると、チームの中心選手として活躍するようになりました。1997-98シーズンにはリーグとFAカップの二冠達成に貢献し、PFA年間最優秀選手賞を受賞しました。

2001-02シーズンには再びリーグとFAカップの二冠を達成し、特にニューカッスル戦でのゴールは「史上最もエレガントなゴール」と称されるほどの伝説的なプレーとなりました。2003-04シーズンには「無敵のシーズン」として知られるプレミアリーグ無敗優勝を果たし、決定的なアシストを記録するなど、チームの成功に貢献しました。

ベルカンプはアーセナルで10年近くプレーし、公式戦423試合に出場、120ゴールを記録しました。プレミアリーグ3回、FAカップ4回の優勝を経験し、その創造性と無私のプレースタイルで多くのファンを魅了しました。彼の影響はトロフィー獲得だけでなく、アーセナルのプレースタイルやクラブの名声を向上させる上で重要な役割を果たしました。

トニー・アダムス(Tony Adams)

トニー・アダムスは、「ミスター・アーセナル」と称されるほどクラブの象徴的存在であり、30年にわたって活躍しました。彼はアーセナルとイングランド代表のキャプテンを務め、クラブでは669試合に出場し、48得点を記録しました。

1983年にトップチームデビューを果たし、1986-87シーズンにはレギュラーとして活躍しました。1988年には21歳でキャプテンに就任し、1988-89シーズンの最終戦でリバプールを破り、劇的なリーグ優勝を成し遂げました。その後、1990-91シーズンもわずか1敗で優勝し、アーセナルの堅守を象徴する存在となりました。

アダムスはリー・ディクソン、ナイジェル・ウィンターバーン、スティーブ・ボールドとともに「鉄壁のバック4」を形成し、アーセナルの黄金時代を支えました。1992-93シーズンにはFAカップとリーグカップの二冠を達成し、翌1994年にはヨーロッパカップウィナーズカップを制覇しました。

しかし、この時期にはアルコール依存症とも闘っており、1990年には飲酒運転で収監されるなど、私生活に問題を抱えていました。1996年には禁酒を決意し、その後のキャリアに大きな影響を与えました。

1996年にアーセン・ベンゲルが監督に就任すると、アダムスは彼の指導の下でプレースタイルを進化させました。1997-98シーズンにはリーグとFAカップの二冠を達成し、自身のキャリアを象徴するゴールを決めました。さらに、2001-02シーズンにも同様の二冠を成し遂げ、そのシーズンを最後に現役を引退しました。

アダムスはアーセナルでの功績が称えられ、2004年にはイングランドサッカー殿堂入りを果たしました。2011年には、クラブ創立125周年を記念してエミレーツ・スタジアム前に銅像が建てられました。

彼のキャリアは、アーセナルの歴史に深く刻まれ、今なお多くのファンに語り継がれています。

パトリック・ヴィエラ(Patrick Vieira)

パトリック・ヴィエラは、1996年にアーセナルへ加入し、チームの成功と支配の新時代を築いたミッドフィルダーです。彼は圧倒的なフィジカル、卓越した技術、そしてリーダーシップを兼ね備え、アーセナルの黄金期を支えました

アーセナルでは、プレミアリーグ優勝3回、FAカップ優勝4回を達成し、キャプテンとしてチームを牽引しました。特に2003-04シーズンには無敗優勝を果たし、「インヴィンシブルズ」の一員として歴史に名を刻みました。ヴィエラのプレースタイルは、ボックス・トゥ・ボックスのエネルギーと精密なパス、そして激しい守備で知られ、マンチェスター・ユナイテッドのロイ・キーンとのライバル関係も話題となりました。

2005年にアーセナルを退団した後、クラブは彼の後継者を見つけるのに苦労し、彼の存在の大きさが改めて証明されました。ヴィエラはアーセナルの歴史において、最も偉大なキャプテンの一人として語り継がれています。

セスク・ファブレガス(Cesc Fabregas)

セスク・ファブレガスは、アーセナルの歴史に名を刻んだスペイン人ミッドフィールダーです。2003年にアーセナルと契約し、若干16歳でトップチームデビューを果たしました。当初はイングランドでの生活に苦労しましたが、スペイン語を話すチームメイトの助けもあり、徐々に適応していきました。

ファブレガスは、デビュー当初からその才能を発揮し、リーグカップではクラブ史上最年少ゴールを記録しました。2004-05シーズンには、負傷したヴィエラの代役としてリーグ戦に出場し、優れたパフォーマンスを見せました。2005-06シーズンには、UEFAチャンピオンズリーグでレアル・マドリードやユヴェントスを相手に活躍し、アーセナルを決勝まで導きました。

2006-07シーズン以降、ファブレガスはアーセナルの中盤の要となり、プレミアリーグ全試合に出場。チャンピオンズリーグやリーグ戦で多くのアシストを記録し、個人賞も受賞しました。2008-09シーズンにはキャプテンに任命されましたが、怪我で4ヶ月間離脱し、チームはタイトルを逃しました。

2009-10シーズンには、開幕戦で2ゴール2アシストを記録し、シーズンを通して好調を維持。チャンピオンズリーグ準々決勝ではバルセロナ相手に同点ゴールを決めるも、足を骨折してしまいました。2010-11シーズンはバルセロナへの移籍の噂が絶えず、アーセナルもリーグカップ決勝やチャンピオンズリーグで敗退し、シーズン終了後にバルセロナへ移籍しました。

ファブレガスはアーセナルでプレミアリーグ記録となるアシスト数を記録し、創造性あふれるプレーでファンを魅了しました。トロフィーの獲得には恵まれませんでしたが、チームの象徴的存在として記憶される選手です。

ロビン・ファン・ペルシ(Robin van Persie)

ロビン・ファン・ペルシーは、2004年にアーセナルへ加入し、2012年に退団するまでの8年間、チームの主力選手として活躍しました。加入当初はベンチを温めることが多かったものの、徐々に実力を発揮し、ティエリ・アンリの後継者としてエースストライカーの役割を担うようになりました。

在籍中、プレミアリーグで96ゴールを記録し、チームの得点源として貢献しました。特に2008-09シーズンには、リーグ戦で11得点、リーグ最多の11アシストを記録し、クラブの年間最優秀選手に選ばれました。2010-11シーズン後半からは驚異的な得点力を発揮し、翌シーズンにはプレミアリーグ得点王に輝きました。

しかし、2012年夏にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したことで、多くのアーセナルファンから裏切り者と見なされることになりました。アーセン・ヴェンゲル監督は2015年に復帰を打診しましたが、ファン・ペルシーはこれを断り、最終的にアーセナルでのレガシーを築く機会を失いました。

アシュリー・コール(Ashley Cole)

アシュリー・コールは、アーセナルの下部組織からトップチームに昇格し、1999年にプロデビューを果たしました。2000年から左サイドバックのレギュラーとして活躍し、チームの中心選手として成長しました。彼はアーセナルでプレミアリーグ2回、FAカップ3回、イングランド・スーパーカップ2回のタイトルを獲得し、2003年から2005年まで3年連続でPFA年間ベストイレブンにも選出されました。特に、2003-04シーズンの「インビンシブルズ(無敗優勝)」のメンバーとして、アーセナルの歴史に名を刻みました。

しかし、2005年にチェルシーとの違法な接触が発覚し、罰金を科せられるなど移籍騒動が勃発しました。アーセナルとの契約延長をしたものの、クラブの対応に不満を持ち、2006年にウィリアム・ギャラスとのトレードを含む形でチェルシーへ移籍しました。この移籍はアーセナルのファンの怒りを買い、彼は「キャッシュリー・コール」と揶揄されることになりました。

アーセン・ベンゲル監督は後に、コールを手放したことをキャリア最大の後悔と語っています。コールは、当時のプレミアリーグ最高峰の左サイドバックとして活躍し、クリスティアーノ・ロナウドをはじめとする多くのウインガーを封じ込める守備力を誇っていました。彼の才能は疑いようがなく、アーセナル在籍時の実績も輝かしいものでしたが、チェルシー移籍により評価が分かれる存在となりました。

アレクシス・サンチェス(Alexis Sanchez)

アレクシス・サンチェスは、2014年7月にバルセロナからアーセナルへ移籍し、背番号17を与えられました。移籍初年度から卓越した活躍を見せ、FAカップ決勝で得点し、チームの優勝に貢献しました。2016-17シーズンには背番号を7に変更し、公式戦30得点を記録。再びFAカップ決勝でゴールを決め、アーセナルの年間最優秀選手に選ばれました。2018年1月にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍しましたが、その後のキャリアは苦戦を強いられることになりました。

ミケル・アルテタ監督の戦術

ミケル・アルテタ監督率いるアーセナルは、ポジショナルプレーを軸に、組織的かつダイナミックな戦術を展開しています。本記事では、アルテタ監督の戦術の特徴を「ビルドアップ」「攻撃」「守備」「トランジション」の4つの視点から解説します。

ビルドアップ戦術|柔軟なフォーメーションとポゼッション戦略

低い位置のビルドアップ
アーセナルは1-4-2-4の形を採用し、2トップが高い位置をとることで相手のディフェンスラインを押し下げ、中盤で数的優位を作り出します。

高い位置のビルドアップ
1-3-2-2-3の形へと可変し、ボックス型の中盤を形成。パスの選択肢を増やしながら、相手守備を崩しにかかります。

インバーテッド・フルバックの役割
ビルドアップ時には、サイドバックが中盤に入り、中央のパスコースを増やしながらプレッシングの起点となります。また、ボールポゼッションを維持しつつ、ポジションのローテーションを活用し、相手の守備を混乱させることも特徴的です。

攻撃戦術|ハーフスペースを活用した崩しと得点機会の創出

アーセナルの攻撃は、ハーフスペースの活用が鍵となります。センターバックとフルバックの間のスペースを突くことで、相手の守備組織を揺さぶります。

サイド攻撃の多様性
ウイングとサイドバックの連携を駆使し、オーバーラップやカットインを使い分けながら、相手の弱点を突きます。ウイングが内側に切り込む際は、フルバックが外側でクロスを供給し、逆にフルバックが上がらない場合は、ウイングがサイドから攻め込みます。

ゴール前での厚み
ボックス内への積極的な侵入を重視し、多くの選手をエリア内に送り込むことで得点機会を増やします。また、サードマン原則を活用し、ワンタッチパスやダイアゴナルランで守備を突破する動きも見られます。

セットプレーの工夫
コーナーキックでは多彩なパターンを用意し、特にバックポストへの動きが得点につながることが多いです。

守備戦術|ハイプレスとコンパクトな守備ブロック

アーセナルは守備時に積極的なハイプレスを仕掛け、相手のビルドアップを阻害します。

◆マンツーマンのプレッシング
前線から激しくプレスをかけ、相手に自由を与えません。

◆ロープレス時の1-4-4-2ミッドブロック
相手がポゼッションを持つ場面では1-4-4-2の形を取り、コンパクトな守備を維持しながらプレッシャーをかけ続けます。

◆ボールロスト後の即時奪回
守備のトランジションでは、多くの選手を中央に集結させ、ボールを失った瞬間に素早く奪い返す戦術を採用しています。

攻撃のトランジション|速攻を活かしたカウンター戦略

ボールを奪った際は、カウンターアタックを素早く仕掛け、特にセンターバックとフルバックの間のスペースを狙います。スピードのあるフォワード陣が、相手の守備ラインを突破する形で多くのゴールを生み出しています。

ミケル・アルテタ監督の戦術は、ポゼッションを重視しながらも、トランジションとプレッシングを巧みに活用することで、アーセナルを現代サッカーのトップレベルへ押し上げています。特に、柔軟なビルドアップと攻撃の多様がチームの強みとなっており、今後のさらなる進化にも期待が高まります。

アーセナルの歴代タイトル|輝かしい栄光の記録

選手たちがトロフィーを掲げている画像

アーセナルは、イングランドを代表する名門クラブの一つであり、これまでに数多くのタイトルを獲得してきました。ここでは、アーセナルが獲得した主要タイトルをご紹介します。

◆国内タイトル

  • プレミアリーグ:3回(1997-98、2001-02、2003-04)
  • フットボールリーグ:10回(1930-31、1932-33、1933-34、1934-35、1937-38、1947-48、1952-53、1970-71、1988-89、1990-91)
  • FAカップ:14回(1929-30、1935-36、1949-50、1970-71、1978-79、1992-93、1997-98、2001-02、2002-03、2004-05、2013-14、2014-15、2016-17、2019-20)
  • EFLカップ:2回(1986-87、1992-93)
  • FAコミュニティ・シールド:17回(1930、1931、1933、1934、1938、1948、1953、1991、1998、1999、2002、2004、2014、2015、2017、2020、2023)

◆国際タイトル

  • UEFAカップウィナーズカップ:1回(1993-94)
  • インターシティーズ・フェアーズカップ:1回(1969-70)

2023-24シーズンの結果まとめ

アーセナルの2023-24シーズンの結果は以下の通りです。

プレミアリーグでは勝ち点89を獲得し、奮闘しましたが、1位のマンチェスター・シティとは2ポイント差の2位でシーズンを終えました。また、UEFAチャンピオンズリーグでは、バイエルン・ミュンヘンに惜しくも敗れ、ベスト8という結果でした。

2024-25シーズンのユニフォーム

2024-25シーズンのアーセナルのユニフォームを紹介します。特に2ndユニフォームはデザイン性が高く、人気を集めています。

1stユニフォーム

アーセナルの伝統的なチームカラーである赤と白を基調としたデザインです。クラシックなスタイルを踏襲しつつ、細部にこだわった仕上がりになっています。

2ndユニフォーム

黒をベースに、赤と緑のアクセントを取り入れたデザインです。これはアフリカの伝統的なカラーリングを採用したもので、アフリカ系イギリス人デザイナーが手掛けるブランド「Labrum London(ラブラム・ロンドン)」とのコラボレーションによって誕生しました。その独自性と背景から、特に注目を集めています。

3rdユニフォーム

オーロラのようなカラーブロックが特徴的なデザインです。洗練された配色により、スポーツウェアとしてだけでなく、ファッションアイテムとしても活用できるスタイリッシュな仕上がりとなっています。

2024-25シーズンの日程・試合予定

アーセナルの今後の試合日程は以下の通りです。UEFAチャンピオンズリーグを勝ち進んでいるため、日程が変更される可能性もあります。

また、プレミアリーグについても詳しく解説しているので、ぜひご覧ください。

日時大会名対戦カード配信サービス
2025/03/10(月) 01:30プレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドサッカーパック
2025/03/13(木) 05:00UEFAチャンピオンズリーグ 16強 2ndレグPSVアイントホーフェンWOWOWオンデマンド
2025/03/16(日) 22:30プレミアリーグチェルシーサッカーパック
2025/04/02(水) 03:45プレミアリーグフラムサッカーパック
2025/04/05(土) 20:30プレミアリーグエヴァートンサッカーパック
2025/04/13(日) 01:30プレミアリーグブレントフォードサッカーパック
2025/04/20(日) 22:00プレミアリーグイプスウィッチ・タウンサッカーパック
2025/04/27(日) 01:30プレミアリーグクリスタル・パレスサッカーパック
2025/05/03(土) 23:00プレミアリーグAFCボーンマスサッカーパック
2025/05/10(土) 23:00プレミアリーグリヴァプールサッカーパック
2025/05/18(日) 23:00プレミアリーグニューカッスル・ユナイテッドサッカーパック
2025/05/26(月) 00:00プレミアリーグサウサンプトンサッカーパック
※2025年3月8日時点の情報です。最新情報は各公式サイトをご覧ください。

\ 基本プランとセットで初月1,400円/

2024-25シーズンのメンバー紹介

2024-25シーズンのアーセナルのメンバーは以下の24名です。

背番号ポジション選手名年齢
22ゴールキーパーDavid Raya29
32ゴールキーパーNeto35
2センターバックWilliam Saliba23
6センターバックGabriel Magalhães27
15センターバックJakub Kiwior25
33左サイドバックRiccardo Calafiori22
17左サイドバックOleksandr Zinchenko28
3左サイドバックKieran Tierney27
49左サイドバックMyles Lewis-Skelly18
4右サイドバックBen White27
12右サイドバックJurrien Timber23
18右サイドバックTakehiro Tomiyasu26
5守備的MFThomas Partey31
20守備的MFJorginho33
41セントラルMFDeclan Rice26
23セントラルMFMikel Merino28
8攻撃的MFMartin Ødegaard26
53攻撃的MFEthan Nwaneri17
11左ウィンガーGabriel Martinelli23
19左ウィンガーLeandro Trossard30
7右ウィンガーBukayo Saka23
30右ウィンガーRaheem Sterling30
29センターフォワードKai Havertz25
9センターフォワードGabriel Jesus27
※2025年3月8日時点の情報です。最新情報は各公式サイトをご覧ください。

2024-25シーズンの注目選手|期待のスター&ブレイク候補を厳選!

アーセナルの注目選手7名を紹介します。

ブカヨ・サカ(Bukayo Saka)

イングランド代表FWブカヨ・サカです。

経歴

サカはワトフォードのユースチームでプレーした後、7歳でアーセナルのヘイルエンドアカデミーに入団しました。アーセナルのU-16チームで指導を受けた際、コーチからは優れた決断力とフィジカル、そして人格の良さを評価されていました。17歳でアーセナルとプロ契約を結び、U-23チームに昇格。2018年11月にヨーロッパリーグでトップチームデビューを果たし、2019年1月にはプレミアリーグでも初出場を記録しました。

2019-20シーズンにはアイントラハト・フランクフルト戦で初ゴールを決め、アシストも記録するなど飛躍的に成長。シーズン途中から左サイドバックとしても活躍し、FAカップ優勝に貢献しました。その後、アーセナルと長期契約を結び、クラブからの信頼を勝ち取ります。2020-21シーズンにはチームの中心選手として活躍し、2年連続でアーセナル年間最優秀選手に選ばれました。

2022-23シーズンはアーセナルのタイトル挑戦のキープレイヤーとして活躍。プレミアリーグ100試合出場を達成し、重要なゴールやアシストを決めました。2023年にはPFA年間最優秀若手選手に輝き、クラブの中心選手としての地位を確立しました。2024年にはアーセナルでのゴール数が50を超え、プレミアリーグでこの記録を達成した最年少のアーセナル選手となりました。

プレースタイル

サカのプレースタイルは多様で、スピードを活かした裏への抜け出しに加え、足元でのボールコントロールにも優れています。イングランド代表ではタッチライン際を駆け上がるプレーを求められることが多い一方、アーセナルでは右サイドのフォワードとしてボールを受け、カットインからシュートやクロス、パスを繰り出します。ドリブル技術が高く、1対1の状況でも相手を抜き去る能力があり、試合の流れを変えられる選手です。また、フィジカルの強さと判断力の速さも武器とし、チームの攻撃において重要な役割を担っています。

デクラン・ライス(Declan Rice)

イングランド代表MFデクラン・ライスです。

経歴

デクラン・ライスは2015年にウェストハム・ユナイテッドのユースチームに入団し、2017年にトップチームデビューを果たしました。2018年にはクラブの主力選手となり、ウェストハムでの50試合出場を達成。2019年にはクラブでの初ゴールを決め、PFA年間最優秀若手選手賞の最終候補にも選ばれました。2020年にはリーグ戦全試合にフル出場し、ウェストハムの最優秀選手賞「ハンマー・オブ・ザ・イヤー」に輝きました。

その後もライスはウェストハムの中心選手として活躍し、2022年にはキャプテンに就任。2023年にはUEFAヨーロッパカンファレンスリーグの優勝に貢献し、シーズン最優秀選手に選ばれました。プレミアリーグでも圧倒的なボール奪取数とインターセプト数を記録し、守備的ミッドフィールダーとしての地位を確立しました。

2023年7月、ライスはアーセナルへ移籍。移籍金はクラブ史上最高額の1億500万ポンドとされました。アーセナルではすぐに主力となり、FAコミュニティシールドのマンチェスター・シティ戦でデビューを果たしました。プレミアリーグではマンチェスター・ユナイテッド戦でロスタイムに決勝ゴールを決めるなど、印象的な活躍を見せています。また、古巣ウェストハムとの対戦ではゴールを決め、チームの大勝に貢献しました。

プレースタイル

ライスは守備に優れたミッドフィールダーで、ボール奪取能力と守備力が非常に高い選手です。センターバックから守備的ミッドフィールダーへ転向したことで、相手の攻撃を遅らせたり、分断したりする能力を発揮しています。そのプレースタイルは、エンゴロ・カンテに例えられることもあります。広範囲をカバーし、粘り強いタックルや空中戦の強さも兼ね備えています。

また、ライスは攻撃への切り替えも得意です。ボールを奪取した後、素早くパスをつなぎ、攻撃を組み立てます。特に長距離のパス精度が高く、ウイングへの展開力に優れています。さらに、ドリブルで持ち上がる能力にも長けており、相手の守備を切り裂くような推進力を発揮します。そのため、相手選手はライスを止めるためにファウルをせざるを得ない場面が多く見られます。

セットプレーでも強みを持ち、ニアポストへの飛び込みやエリア内でのルーズボールへの対応力が高いのも特徴です。彼の守備的な仕事ぶりは目立ちにくいものの、試合の流れを支配し、チームに安定をもたらす重要な存在となっています。

マルティン・ウーデゴール(Martin Ødegaard)

ノルウェー代表MFマルティン・ウーデゴールです。

経歴

ウーデゴール選手は2009年にストレームスゴセットのユースチームに入団し、年上の選手たちと共にプレーしました。2010年にはブスケルーチームでデビューし、当時わずか11歳ながらも年上の選手たちと互角に戦いました。コーチ陣からは「素晴らしい判断力と優れたボールタッチ、賢いポジショニング」を持つ選手として高く評価されました。その後、3年間このチームで経験を積み、左サイドバックとしてプレーしながらも攻撃時には自由に動き回ることを許されました。12歳のときには16歳以下の全国大会でその才能を見せつけ、元監督のラース・ティアノース氏を驚かせました。

2012年に13歳でストレームスゴドセットのトップチームのトレーニングに参加しました。翌年にはバイエルン・ミュンヘンやマンチェスター・ユナイテッドで短期間のトレーニングを経験し、14歳でストレームスゴドセットのジュニアチームやシニア5部リーグのチームでプレーしました。

2014年にトップチームに合流すると、4月にリーグデビューを果たし、15歳118日という史上最年少記録を更新しました。同年5月にはクラブとプロ契約を結び、最年少得点者としても名を刻みました。7月にはUEFAチャンピオンズリーグ予選でデビューし、その後も活躍を続けます。リーグ戦では23試合に出場し、5ゴール7アシストを記録しました。オフシーズンにはリバプールやバイエルン・ミュンヘン、アーセナルなど欧州の強豪クラブでトレーニングを行いました。

2015年1月、レアル・マドリードと契約を結び、トップチームとリザーブチームでトレーニングを行うことになりました。2月にはリザーブチームでデビューし、同年5月にはトップチームで公式戦デビューを果たしました。16歳157日という若さでクラブ史上最年少デビューを記録しました。

しかし、トップチームとリザーブチームの両方でプレーする難しさや言語の壁に直面し、適応に苦戦しました。そのため、2017年1月にはオランダのSCヘーレンフェーンに18カ月の期限付き移籍をし、2018年にはSBVフィテッセへと移籍しました。フィテッセでは11ゴール12アシストと活躍し、クラブの年間最優秀選手に選ばれました。

2019年にはレアル・ソシエダへ1年間のローン移籍を果たし、リーガ・エスパニョーラの月間最優秀選手に選出されるなど、着実に成長しました。コパ・デル・レイではレアル・マドリード戦でゴールを決め、チームの決勝進出に貢献しました。2020年には再びレアル・マドリードに復帰しましたが、出場機会は限られていました

アーセナルには2021年にレンタル移籍し、その後完全移籍を果たしました。彼はすぐにチームの中心選手となり、創造性とリーダーシップを発揮しました。特に2022-23シーズンは、キャプテンとしてチームを牽引し、プレミアリーグでのタイトル争いに大きく貢献。得点力とアシストの両面でチームを支え、その卓越したビジョンとパスセンスで攻撃の中心となりました。ウーデゴールはアーセナルの象徴的な存在となり、今後もさらなる飛躍が期待されています。

プレースタイル

ウーデゴールのプレーの特徴は、前向きな姿勢と高いパス精度です。彼は鋭いパスで相手の守備を崩し、味方がスムーズにプレーできるよう工夫します。また、巧みなフェイントや動きでチームの攻撃を活性化し、ライン間でのポジショニングを最適化します。

攻撃では、パスを出した後も積極的に関与し、前方への選択肢がなければドリブルで打開を試みます。特別なスピードはないものの、優れたバランスと敏捷性でプレッシャーを回避できます。ただし、左足を多用するため、ドリブルの選択肢が限られるのが課題です。

現在のアーセナルでは、右サイドでの数的優位を作りながら攻撃を展開し、ウーデゴールは狭いスペースでの連携やテンポの変化を生み出しています。アルテタのもとでその才能をさらに開花させ、ノルウェー時代に期待されていたポテンシャルを実現しつつあります。

ウィリアン・サリバ(William Saliba)

フランス代表DFウィリアン・サリバです。

経歴

2016年、フランス南部のクラブ、サンテティエンヌに移籍し、2018年には17歳でプロ契約を締結。同年9月にはリーグ1でプロデビューを果たし、1年目のシーズンで13試合に出場するなど、若くして頭角を現しました。翌シーズンにはアーセナルと契約を結び、サンテティエンヌへのレンタル移籍中にフランスカップ決勝進出に貢献しましたが、COVID-19の影響で決勝戦には出場できませんでした。

アーセナルへの完全復帰後、サリバはトップチームでの公式戦出場が限られ、アーセナルU-23でのプレーを余儀なくされます。その後、フランスのニースやマルセイユへのレンタル移籍を経て経験を積み、特にマルセイユでは公式戦52試合に出場し、リーグ・アン年間最優秀若手選手賞を受賞するなど大きく成長しました。

この活躍を機に、サリバはアーセナルへの復帰を希望し、2022-23シーズンからプレミアリーグでの活躍を開始。開幕戦から安定したプレーを見せ、クラブの守備の要としての地位を確立しました。2023年にはアーセナルとの長期契約を締結し、背番号を「2」に変更。さらに、全試合出場を果たすなど、クラブにとって欠かせない存在となっています。

プレースタイル

サリバの守備は、優れたポジショニングセンスと冷静な判断力を軸にしています。

相手の動きを的確に読み、プレッシャーの中でも慌てることなく的確な対応を見せる彼のスタイルは、守備に無駄がなく、チーム全体に安定感をもたらしています。特に相手のパスコースやドリブルの進路を素早く封じ、危険なスペースを消す能力には定評があります。

フィジカル面では、192cmの身長と92kgの体重を活かした空中戦や対人守備の強さが特徴的です。さらに、トップスピード34.5km/hの俊足を持ち、広いエリアをカバーできる点がアーセナルのハイライン守備において重要な役割を果たしています。

また、サリバはタックルとインターセプトの技術にも優れており、長いリーチを活用したタイミングの良いボール奪取が際立っています。ペナルティを与えずにボールを奪う能力は、相手選手にとって脅威となり、チームにとっても重要な防御力となっています。

ガブリエル・マガリャエス(Gabriel Magalhães)

ブラジル代表DFガブリエル・マガリャエスです。

経歴

ガブリエル・マガリャエスは、サンパウロ州ピリトゥバ地区で生まれ、13歳でアヴァイの下部組織に加入しました。しかし、ホームシックのため一度はサンパウロに戻るものの、再びアヴァイへ戻り、16歳でプロ契約を結びました。その後、2017年にチームの一員としてブラジレイロ・セリエAへの昇格を果たします。

2017年1月、リーグ・アンのリールに移籍し、4年半の契約を締結しました。フランス語を独学で学びながらプレーし、トロワやディナモ・ザグレブへのレンタル移籍を経験しました。2018年にリールへ復帰し、2019年2月にリーグ戦デビューを果たすと、パリ・サンジェルマン戦では初ゴールを決めます。翌シーズンからはジョゼ・フォンテとセンターバックのコンビを組み、安定した活躍を見せました。2020年1月にはリールとの契約を2023年まで延長しています。

2020年9月、アーセナルに長期契約で加入しました。プレミアリーグデビュー戦となったフラム戦でゴールを決め、アーセナルの勝利に貢献しました。その後も安定した活躍を続け、2020-21シーズンには3度の月間最優秀選手賞を受賞。2021-22シーズンにはプレミアリーグで5ゴールを記録し、守備だけでなく攻撃面でも存在感を示しました。

2022-23シーズンは、ウィリアム・サリバとのコンビでアーセナルの守備の要となり、クラブと長期契約を締結しました。チェルシー戦やフラム戦などで重要なゴールを決め、チームの勝利に貢献しています。

2023-24シーズンでは、9月にプレミアリーグ100試合出場を達成し、リバプール戦でシーズン初ゴールを記録しました。クリスタル・パレス戦では自身初となる1試合2得点を決め、2024年2月にはアーセナルでの150試合出場を達成しました。

2024-25シーズンも好調を維持し、ノースロンドンダービーで決勝ゴールを決めると、マンチェスター・シティ戦でも得点を記録。その後もスポルティングCPやウェストハム戦で連続してヘディングシュートを決めるなど、アーセナルの重要な得点源として活躍を続けています。

プレースタイル

ガブリエル・マガリャエスの最大の武器は、そのフィジカルと空中戦の強さです。身長190cmの体格を活かし、セットプレーでは攻守両面で存在感を発揮。守備では競り合いに強く、相手の攻撃を封じ込めるだけでなく、攻撃時にはヘディングで得点を狙う能力を持っています。

また、守備の読みの良さも際立っており、適切なポジショニングや的確なタックルで相手の攻撃を防ぎます。試合の流れを読む力に優れ、インターセプトやビルドアップの場面でも落ち着いて対応できるため、現代サッカーに求められるセンターバックとして理想的な資質を備えています。

さらに、パスの精度も高く、アーセナルのボールポゼッション戦術において重要な役割を果たしています。長短のパスを使い分け、後方からの組み立てに貢献できるため、単なる守備専門の選手ではなく、攻撃の起点としての能力も兼ね備えています。

2025年2月時点では、プレミアリーグ21試合に出場し、3ゴール1アシストを記録。守備面でも堅実なパフォーマンスを見せており、無失点試合の割合は33%、パス成功率は90.81%と高水準を維持。アーセナルの堅守を支える中心選手として、今後もさらなる活躍が期待されています。

マイルズ・ルイス=スケリー(Myles Lewis-Skelly)

イングランド-U19代表MFマイルズ・ルイス=スケリーです。

経歴

マイルズ・ルイス=スケリーは、8歳のときにプレミアリーグのアーセナルのアカデミーに入団しました。彼は同じくアカデミーに所属していたイーサン・ヌワネリとともに成長し、レディング戦でU-18デビューを果たします。その試合では6-1の勝利を収め、2人ともゴールを決めました。

2022-23シーズンのFAユースカップでは、「爆発的なインスピレーションを与える」プレーで注目を集め、チームの決勝進出に貢献しました。ワトフォード戦では守備的ミッドフィールダーとして活躍し、チームの勝利に貢献。その後、クラブと奨学金契約を結び、ヘイル・エンドで2年間を過ごすことになります。

準々決勝のケンブリッジ・ユナイテッド戦では、ジャック・ウィルシャー監督から高く評価され、「指導できないようなプレーができる選手」と称賛されました。さらに、準決勝のマンチェスター・シティ戦では延長戦のラスト1分で決勝点を挙げ、チームを勝利に導きました。

2023年10月5日、ルイス=スケリーはアーセナルとプロ契約を締結しました。翌年9月22日のマンチェスター・シティ戦でトップチームデビューを果たし、後半ロスタイムに途中出場。しかし、デビュー前にイエローカードを受けるという珍しい形となりました。

2025年1月25日のウォルバーハンプトン戦では、マット・ドハティへのファウルが重大な反則と判断され、レッドカードを提示されます。しかし、その後、処分は撤回されました。同年2月2日のマンチェスター・シティ戦では、エミレーツ・スタジアムで自身初ゴールを記録し、5-1の勝利に貢献。ハーランドの「瞑想ポーズ」でゴールを祝う姿が話題となりました。

その後のウェストハム戦では途中出場し、モハメド・クドゥスと競り合った末に退場。チームは1-0で敗れ、試合後の判定が物議を醸しました。

プレースタイル

ルイス=スケリーは、現代的なミッドフィールダーの特徴を備えた選手です。賢さ、創造性、技術力、そして複数の役割をこなせる柔軟性を持ち、センターミッドフィールダーとしてのプレーを基本としながら、レフトバックとしてもプレーできる多才さを持っています。

彼の最大の武器は精度の高いパスで、シニアキャリアにおいて91.39%という驚異的なパス成功率を記録。優れたポジショニングと前線へのパスのセンスは、かつてのパトリック・ヴィエラやセスク・ファブレガスを彷彿とさせると評されています。また、守備時には知的なプレーを見せ、タイミングの良いタックルやインターセプトで相手の攻撃を阻止することができます。

落ち着きと冷静さも彼の強みで、試合中に動揺することはほとんどなく、常にボールを求めてプレーに関与。巧みなスルーパスの精度も高く、アーセナルにとって重要な武器となっています。

かつてのプレースタイルは、相手ディフェンダーを抜き去るドリブルを武器とする「ボックス・トゥ・ボックス」型のミッドフィールダーでした。シニアレベルではまだそのスタイルを発揮しきれていませんが、プレミアリーグやチャンピオンズリーグの経験を積むことで、さらなる成長が期待されています。

1億500万ポンドで移籍したデクラン・ライスも、ルイス=スケリーの才能に感銘を受け、「彼は特別な選手だ。まるで研究室で作られたかのように優れた能力を持っている」と絶賛しています。さらに、「彼は冷静で、素晴らしい家族に支えられている。彼が成長し続けることができれば、トップレベルに到達できる」と期待を寄せています。

イーサン・ヌワネリ(Ethan Nwaneri)

イングランドU-19代表MFイーサン・ヌワネリです。

経歴

イーサン・ヌワネリは8歳でアーセナルに入団し、14歳になる頃にはすでに18歳未満のチームでプレーしていました。主にミッドフィールダーとして活躍しています。

2022–23シーズン、ヌワネリはアーセナルのU-18チームでスタートしましたが、すぐにU-21チームに昇格。その後、トップチームのトレーニングにも参加し、2022年9月18日、ブレントフォード戦で15歳181日という史上最年少の若さでプレミアリーグデビューを果たしました。この試合では、アーセナルの最年少出場記録も更新しました。ミケル・アルテタ監督は、ミッドフィールダーの負傷者が多かったことから、直感的にヌワネリを投入したと語っています。

2023年6月には奨学金契約を結び、2024年3月21日の17歳の誕生日にプロ契約を結ぶことに合意しました。

2023–24シーズン、ヌワネリはウェストハム戦でプレミアリーグの試合に途中出場を果たしました。試合後、アルテタ監督はチームの選手たちが彼の投入を勧めていたと語り、その実力がチーム内でも評価されていたことを示しました。

2024–25シーズン、EFLカップのボルトン戦で2得点を挙げ、シニアチームでの初ゴールを記録しました。さらに、プレストン戦でもゴールを決め、プレミアリーグのノッティンガム・フォレスト戦ではリーグ戦初ゴールをマーク。このゴールにより、彼は17歳247日でプレミアリーグ史上9番目に若い得点者となりました。

2025年1月4日には、ブライトン戦で得点し、18歳になる前にシーズン5ゴールを達成した3人目の選手となりました。さらに、UEFAチャンピオンズリーグのジローナ戦やマンチェスター・シティ戦でもゴールを決め、シニアチームでの存在感を増しています。レスター戦ではマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、ミケル・メリノへのアシストを記録しました。

プレースタイル

ヌワネリは、優れたフィニッシュ力を持つ選手であり、最小限の動作でシュートを放つことができるため、素早い決定力を発揮します。どちらの足でも正確にシュートを打つことができ、ボックス内外での動きも非常に巧みです。スペースを予測し、効果的なランニングでゴールチャンスを生み出します。

また、ボールコントロールにも優れ、小回りの効くドリブルを駆使して敵のディフェンスを突破します。ボールを持っていないときには、ピッチ全体を見渡し、状況を把握する能力が際立っており、どこにパスを出すべきか、どのエリアにドリブルすべきかを瞬時に判断します。

フィジカル面では、強い体幹とバランスを活かし、デュエルでも優位に立つことができます。守備時にも積極的にボールを奪いにいき、チームのためにハードワークを惜しみません。

課題としては、右足の使用頻度が少ない点が挙げられます。右足を効果的に使うことができれば、より予測不能なプレーが可能になり、攻撃の幅が広がるでしょう。しかし、まだ若いため、成長の余地は十分にあります。

ポジションに関しては、これまで8番、10番、セカンドストライカー、さらにはセンターフォワードとしてもプレーしてきました。最も適したポジションは10番またはセカンドストライカーと考えられ、彼の得点力を活かしつつ、創造性も発揮できる役割が理想的です。

ヌワネリは、すでにアーセナルのシニアチームで欠かせない存在となりつつあり、今後の成長次第では、イングランド代表にも選出される可能性が高いでしょう。実際に、U16、U17、U19の各カテゴリーで代表経験があり、特にU17では28試合15ゴールという成績を残しています。このまま順調にキャリアを積めば、イングランドのトッププレーヤーの一人として名を刻むことになるかもしれません。

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